里山エッセイ
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鍋から見える
はかせ鍋、圧力鍋、土鍋、タジン鍋、ゆでもの鍋、
すき焼き鍋、ダッチオ-ブン、無水鍋、中華鍋、
雪平、ミルクパン、蒸し器・・・・あるある。
狭い台所に並ぶのは土鍋と雪平だけ。
食卓に上るのは豆腐におひたし、煮物に焼き魚と
シンプル料理だから2種類の鍋で事足りる。
引き出しの奥であろうと、手の届かぬ棚であろうと、
とにかく鍋さえ持っていれば
いつだって腕を振るえると満足しているが、
消費文化を地で行くような鍋の数に恐れ入っている。
反省しきりと見回していたら、
飛びきり好きな鍋がある事に気がついた。
ドイツ製の重いホ-ロ-鍋、
真っ赤で台所に王女の風格。
もう40年も昔だが、家人がドイツに行った時使っていて持ち帰った。
鍋のお土産なんてと失望。
ところがこれが役に立ち、以来ずっと働きづめ。
特に灯油スト-ブとの相性抜群で、
根菜類、豆類、乾物、あっという間に煮えて美味。
おせち料理のこぶまき、黒まめ、しいたけ、きんとん、高野豆腐すべて。
目が回るよ!と鍋の声。
声と同時にこの赤い鍋の向こうにドイツが見える。
家具だって、家だって同じく長持ち、
お爺さんが使い、お父さんが使い、息子が使う、
家族何代もが愛着を込めて使い続ける机の話などを聞くと、
彼ら家族の歴史が偲ばれて、
孤立の無縁社会と嘆かれる日本の今が頭をよぎる。
市民バンク代表の田中優さんらが、
300年はもつ長寿命の天然住宅運動を始めたとの話を聞く。
住まい手の立場から木の家の良さを伝えたいと、
国産材で家を建てる活動を続けている私としては、
いいなぁ、その運動を国中に広めたいなぁと羨ましいが、
ドイツではすでにそれが当り前になっている。
「環境破壊をしない持続可能な社会のために
私は活動しているのだ」と大言壮語して、
来る日も来る日も会合やイベントに出かけて行くにしては
なんともちぐはぐな日常。
鍋鍋底抜け底が抜けたらかえりましょ。
底が抜けるまで使えるこの鍋のようにならなくては、
人も物も価値がない、と言い聞かせている。
里山の風景をつくる会 理事
地球温暖化を考える-市民アクション2010-徳島代表 八木正江
2011年2月24日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
森の精の住む病院
大安のその日、冬の空は真っ青で、
少し遠いがなだらかな山の稜線に囲まれた地に
掛矢の音が響いていた。
太い棟木や登り梁が次々とクレ-ンで下ろされる。
手慣れた大工さんたちがえいっ、やっと受け取り、
切り組みをぴったりと合わせて掛矢を打つ。
力に満ちたかけやの音にこだまが応えて、
木の命が蘇るよう。
最後の棟板が上って、
いつもながら、木造建築の上棟式には感動してしまう。
建て主の思いを込めた棟札は、どこに収めるのかな。
もともと神道の祭祀であるこの行事、
木の霊を鎮め、家が無事に建ち上がるようにと願って行なわれる。
曳き綱の儀、槌打ちの儀、散餅銭の儀と古式ゆかしく・・・とはいかないが、
古式の神が乗り移ったようにおごそかに、
いやてきぱきと取り仕切る頭領以下大工さんたちの動きには
ほれぼれとしてしまう。
土台に梁に柱にとふんだんに使われている木、
これらの木はどこから来た?
山で伐採に立ち会ったあの日、
80年生の杉の大木が空を切って運ばれていく光景に、
「キリンさんだ、空飛ぶキリンさんだ!」とこどもたちが歓声をあげた。
そう、川上の森から川下の町へとキリンはやってきて、
こんどは家として再びの命の日々が始まる。
ここは透析専門の病院と聞く。
透析に命を託す友人が何人かいて、
その大変さをかねがね聞いている。
週3~4日、一回の透析にかかる時間は約4時間というから、
その間木の香りと精気に包まれ、
心身共に安らぎつつの治療が受けられるならば
どんなにかほっとするだろう。
中央に並ぶ4本の柱は、森をイメ-ジして設計された由、
枝を広げるように太い梁を支えている。
この木を見上げて、患者さんたちは
さやさやと葉ずれの音を聞き、
暖かい木漏れ陽を受け、
森に流れた悠久の時を感じるだろう。
細い透析の管よ、
森の精を運べ、緑の管に置き換われ!
日本の山は今、とてつもない苦しい経営を迫られている。
その現実を知っているから、
木を使い、木の家を建てることが、
山の人たちにとってこの上ない透析なのだと、
掛矢の音に祈りを込めた。
里山の風景をつくる会 理事
地球温暖化を考える-市民アクション2010-徳島代表 八木正江
2011年2月9日(水) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より