里山エッセイ
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古書肆 後藤書店

神戸、三宮センター街入口にある古書肆、後藤書店が、この1月14日に店を閉じた。
後藤書店は、100年近く続いた古書店の老舗である。
その閉店間近の後藤書店に、お正月休みを利用して訪れた。
文学全集や美術、哲学、宗教書などが山積みにされている。
新本をあつかう書店では、これだけの品ぞろえは難しいだろう。
前々から探していた宮沢賢治全集と埴谷雄高全集、
そしていく冊かの建築書を求めた。
その本の中に、店主特製の栞が入っていた。
「書物ニ魅セラレルノモ、前生カラノ因縁」(清朝乾隆帝)
「我ガ家ニ何ガ有ルカト云ッテ、有ルモノト云エバ、座右ノ山積ミノ本ダケ」
(寒山詩)
いくつかの種類があって、それぞれに中国の詩文の拓本が刷られている。
「琴ヲ禅ジ書ヲ読ミ陶陶然タリ」(唐詩)
「門ヲ敲ク客トイエバ風月ノミ 机上ニ在ル典籍ト云エバ老子・荘子ノ書ノミ・・・」
(宋陸遊)
そして、「創業明治四十三年、和漢洋古書籍 後藤書店」と
末尾に小さく記されている。
この栞は、店主からお客さんへの、
つまり大切な想い人である愛書家への恋文だったのではないだろうか。
この書店の100年に及ぶ長い時間のつみ重ねを思いながら、
私はその栞を本の間に戻した。
後藤書店は1910年の創業で、
当時神戸神学校の学生だった社会運動家の賀川豊彦も、
店主の先代後藤和平さんと交友を深めたそうだ。
1938年の阪神大水害で被災、さらに45年の戦災で店を消失。
戦後親子で7㎡(2坪)のスペースから再出発し、後に自社ビルを建て、
和漢洋の古書籍十万冊をそろえる“関西一の古書店”と呼ばれるようになる。
95年の阪神大震災に襲われたが、
2年後には新ビルに改築し、店の経営をたて直している。
しかし、店主の正夫さんが86歳、弟の昭夫さんも81歳と高齢なうえに、
後継者がなく、ついに今年の1月に閉店することになった。
最後まで現役で・・・。
閉店セールでにぎわう店で、老兄弟はていねいに接客していた。
私はどうにも立ち去りがたく、店が閉まる時間まで、
後藤書店の空気を懐かしい気持ちで吸い続けていた。
建築家 野口政司 2008年 2月 4日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より








コメント
我ガ家二 何ガ有ルカト云ッテ
有ルモノト云ヘバ 座右ノ山積ミノ本ダケ
この栞が欲しい!
いちまいの栞、栞の語る昔、昔の思い出。
とても貧乏だったわが家にあったのは、山のような本だけでした。
どの部屋も本で埋まっていました。戦争がなければ、若くして長年戦地に行かなかったならば・・・学者を志した父の無念を、本にまつわる話の度に思い出してしまいます。
後藤書店を訪れたすべての人たちにもさまざまな人生があったでしょう、それを見続けたご兄弟の気持ちにそっと寄り添いたい、このぞめきを読んでの感想です。
閉店セールで混み合う後藤書店。
ほとんどが60~70歳の老学者風の客であった。
神戸大学、関西学院大学、甲南大学などの先生、
もしくは、退官して悠々自適の生活を送っている学者たち。
老店主との名残を惜しむ会話が聞こえてくる。
学生の時からお世話になった店に別れを告げに来ているようだ。
しかし、若い現役の学生らしき姿は、ほとんど見られない。
若者の本離れなのか、それとも裕福になって新本で買い求めるのか?
いずれにしろ、古書店のファンが極端に高齢化している。
このまま活字文化が衰退していくのでは?と心配になってくる。
後藤書店の特製の栞をしみじみ見ながら、
ひとつの時代の終わりを感じるのであった。