里山エッセイ
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吉野川で大きく成長
こんばんは fumicaです。
親指のつめほどの大きさだったシジミがたくさんいた4月。
今日は倍に成長したものをいくつも、見つけました。
同じ干潟で、シオマネキの小さいのが、ぐるりと団子で巣穴を囲ってました。
大きくなってね。
コメント
川の学校のスタッフたちの話では第十堰の下でもシジミがとれたそうです。平成16年の大洪水で、中州ごと流されてしまい、ずっととれなかったのですが、ゆっくりですが回復してきているようです。
今日、河川工学の第一人者の大熊先生が8月にある「川の全国シンポ」の打ち合わせのために徳島に来られていたので、ミニシンポジウムが開催されました。
大熊先生は河川工学の学者の「川離れ」が進んでいることを嘆いておられました。長良川の可動堰を計画した人も、完成するまで現地をおとづれることもなくやっていて、完成してから、だいぶんたってから見に行って「やっと来れました」といったそうです。徳島ではあまり売られていませんが岩波の「世界」という雑誌に乗っているそうです。
数式と理論だけで、なんでも造ってしまうのは危険です。その点、徳島の人は眉山に登って、河口デルタ地帯を眺めたり、第十堰で川とふれあい、大いに遊んでいるので、川の本当の姿をよく知っている。そういう人たちだから、川のことをいっしょに話したら楽しいと言って下さりました。
風景をつくるときには「記憶とコミュニティの物語」を大切にするとおっしゃっていました。具体例として、川の学校のキャンプに、NPO吉野川みんなの会の事務局長のスーザンが、70センチのスズキをモリでしとめて、届けたそうです。キャンプに参加していた子どもたちは、絶対にこの記憶を忘れないでしょう。ウエットスーツを着た大男が、モリに巨大な魚をぶらさげて、川からやってきたのですから、そして子どもたちの歓声のなか、ゆうゆうとさばいて、焼いて食べさせたのです。その出来事、スズキの味、それが吉野川そのものなのです。
この話を聞いて、NPO吉野川みんなの会の活動の真意を感じました。吉野川の物語を未来に向かってつむぐこと。すばらしいことだと感じました。
fumicaさんの綴っている物語も、きっと同じことなのでしょうね。
徳島には市民を川に呼び戻すためにいろんな団体ががんばって活動しています。
この里山エッセイもそういう希望をもっているし、徳島自然観察の会が中心になってスタートした吉野川ふれあいマップづくりもそうでしょう。
そして、それらがつながって流域圏構想という大きい夢を掲げてできた流域シンポジウム実行委員会もとても重要な役割をにないました。また、第3回流域シンポジウムにつなげていきたいものです。
大熊先生は、空間的普遍性を重視する河川工学において時間的普遍性の重要性を論じ、河川工学のあり方に一石を投じました。にもかかわらず、そのことを発表した時から河川への国の姿勢はかわっていない、またこの国のたて割り行政はどうにもならないだろうと話されました。
川の全国シンポ、たくさんの人にきていただきたいと思います。
まずは私たちが元気になろう。