里山エッセイ
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豆福の家。(その3)
一応、窓はあります。でもまだカーテンはありません。

ときには、屋根の上にあがって、歌をうたいます。

コメント
里豆の家のコーナー、つくってよ、
fumica さん
いっしょだね。私も子どもの頃、二階の窓から瓦屋根に下り遠くを眺めたり、干した布団に寝転がったりしたね。親からは瓦がずれると叱られたけど。9人きょうだいが同じようなことをして育ったので、瓦の補修を頼んでいたようでした。
それにしても豆ちゃんの家いいね。今の我が家は切り妻屋根のため勾配がきつく、息子たちにはこんな楽しい経験していません。
豆福ちゃんに、白いギターをつくらないと。
森絵都さんが書いた「宇宙のみなしご」という本の終盤のところで、器用に生きられない子どもたちが夜中に屋根に上り、「宇宙という言葉を思い浮かべるだけでこの空はこんなにも暗く、果てしなく、そして荒々しい」と感じながらも、「ぼくたちはみんな宇宙のみなしごなんだから、自分の力できらきら輝いていないと宇宙の暗闇にのみこまれて消えてしまうんだ」と気付いていく胸の熱くなるシーンがあります。屋根の上に座っていると宇宙からなにか伝わってくるのかもしれません。木に登れない私はもちろん屋根にも上れないのでわかりませんが、豆福さん、どうでしょう。
fumicaさん・・・・やっぱりわかりましたか?
器用に生きられない豆宝珠は、やはり屋根に上がりたくなります。
山奥の夜空は、満天の星です。「宇宙」という言葉は、すきだけど、その大きさと深さを受け止めるまでに時間がかかりました。
昔は、宇宙の深さそのものが、大きすぎて怖かったです。でも
その宇宙の深さの「謎」は、「謎」のままでいいと解ってから、
夜空の深さ、宇宙の闇にのみこまれることが気持ちよくなりました。(気持ちよくなると、UFOでも呼んでみようか・・という
気が起こります。)